第5話:朝の食卓

チャングムの微笑

「ハンサングン様、どうぞお許しを」。長いビデオを見終えると、チャングムの台詞が耳に残る。
韓国で57%の高視聴率をとり、昨年NHKでも人気だった、長編ドラマ「チャングムの誓い」は、治療院に来る患者さんから勧められて、全巻ビデオで見た。
これが口惜しいほどハマッテしまい、「もう一回分だけ見て寝よう」となり、毎晩寝不足となる。
医食同源の考えや鍼灸の魅力が、コレデモカと繰り広げられる。魚に鍼をうつシーンを撮影するためには、日本まで取材に来たというから、韓国側の製作スタッフにもかなり力が入っていた。
「いいえ王様、これは血虚です」と脈診をしながら、静かに微笑んで診断するチャングムは、なんともカッコいいのである。韓国でもこの番組後、鍼灸を志す若者が増えたという。
「熱が出たら、それを下げるのではなく、逆にその熱で発汗をうながしました」とは感染症の対策に成功した後の決め台詞。本来の人間の持つ自然治癒力を最大限生かす東洋医学の真髄にもつながるこの言葉にもシビレタ。
ただ淋しいかな、日本ではこの素晴らしい可能性を持った鍼灸治療を受けたことのある人は、国民の7%しかいないのだ。
実際の鍼灸院の中でも小さなドラマが毎日あるのだが、これを知って体験してもらうまでには、もう少しの努力が必要だ。


感謝 イスラエルおばぁ

「感謝します・ありがとう・ツイてる」
これは工学博士の五日市剛氏がイスラエル旅行中におばぁから聞いた「ツキを呼ぶ魔法の言葉」で、その本は口コミだけで60万部売れ、巷でちょっとしたブームらしい。
エゲレスおばぁやメリケンおばぁではなく、イスラエルおばぁというのが、妙な説得力がある。ウソか本当かどうかは、試してみないと分からない。
ポイントは、「嫌なことがあったら、ありがとう、良いことがあったら、感謝します。そしていつも、ツイてる」ということだ。
全国で開催される五日市剛氏の講演会には、常に会場に人が溢れて大反響だという。今年は何と4月に釧路・帯広でその講演があるというから、ちょっと生で聴いてみたい。
そういえば、今も絶大な人気のミュージシャン・忌野清志郎はライブ会場のステージで「ありがとうベイビー、感謝しまーす」と何度も絶唱する。ミック・ジャガーのかっこよさとジョン・レノンの魂を伝承するロックンローラーだが、彼の人気の秘密は、この言葉だったのか?
果して清志郎はいつイスラエルおばぁに会ったのだろうか。


何と、健康保険で旅が!

国民が滞在型旅行で健康的な生活を過ごすと、高度先進医療や終末医療にかける費用が削減されるという注目の試算が厚生労働省から発表された。
ついに旅の健康価値が公に認められたのだ。旅に出て、非日常の生活で自然にふれていると、体内の免疫力もアップして健康になり、医療機関にかかる人も減るのであろう。
当院でも患者さんに鍼灸治療の後に、旅の処方箋を出すことにした。
「十勝川温泉で3日のんびりし、帯広の東方鍼灸院で診てもらうように」
「与論島で7日間アイランドセラピーです。パナウル診療所にも通院してください」
「ちょっと重症ですので、ハワイに2週間。ロミロミマッサージも受けてください」という具合だ。
気持ちのいい場所とそこで受けられる心地良い医療を紹介しているので、とても好評である。
さらに、ありがたいことに政府・関係省庁が旅の健康価値を認めてくれたことにより、医師・鍼灸師の同意のあるものに限り、旅にかかる費用の一部に健康保険の適用を認めてくれた。これで飛行機もJRも3割負担で乗れる。ホテルも3割負担で泊まれる。
ヤッター、万歳。今日から4月だ、1日だ。


鏡の法則

将来ひそかに(時々公然と)、治療院の分院を作りたいと思っている沖縄の島がある。そこではいろんな意味で魅力的な人と出会っている。
民宿「T」のオバァもその代表である。それなりに苦労の歴史を持つのだが、「クシャ」とした笑顔が最高で、熱烈なファンが多い。南の島の人は、あまり細かい事にこだわらず、ラテンノリの楽天家が多く、自殺率も低い。ある意味、「心病める現代日本人」には見習うべき点がたくさんあるようだ。が、しかし、ここのオバァの場合はかなり圧巻だ。宿泊した翌朝、宿代を払おうとして、
「いくらになりますか?」と聞くと、
「何泊したかねェ」(笑顔)
「一泊ですけど・・」
「じゃOO円さ」(笑顔)
「食事の時ビールも飲みましたけど・・」
「あ、そう。何本飲んだかねェ」(笑顔)
「・・・・」(絶句、その後こちらも笑顔)
まさかの完全自己申告制の宿だった。「ノーガード戦法」のオバァには、逆に誤魔化すことなど出来ない。「おおらか」というには凄すぎる。正しく申告して支払いをした後は、なんだか気分が良かった。
人は与えたものだけ、受けとることができる。「騙される方が悪い」という近代資本論理の時代はもうじき変る予感がする。
「信じられたければ、先ず信じること」
このオバァからは今、流行の「鏡の法則」を教えてもらっていたようだ。


「場」の医療

鍼灸師になって10年目ぐらいから、「人は何故治るのか」ということを考え始めている。奥が深く、考えるほどにワクワクしてしまう。
「医者が包帯を巻き、神が治す」と言ったのは確かヒポクラテスだったか。神とはその人が持つ自然治癒力のことで、その力で人は治るのだろうと思っていた時期もあった。
ところが最近の勉強会で、ある看護師から、「HIV感染者の治療は医師、看護師、カウンセラー等のチームで取り組みますが、このAさんの場合はご家族の理解が大きかったため、職場復帰できるほど回復しました」という興味深い報告を聞いた。
これは「医療の場」の質が高かったことに加え、「家庭の場」も良かったことが影響しているのか。HIV感染というやっかいな病にも、周りの人々が持つ思いやりや励まし、支えという「場」のエネルギーが大きな影響を与えているようだ。
ナイチンゲールは「看護とは投薬等ではなく、採光や換気を含めた環境を整えること」と言っている。フムフム。治療室はもとより、家庭・職場・地域・国家・地球の持つ「場の力」を考えよ!ということか。
大きな「場のエネルギー」を意識しながら、一本の小さな鍼を今日もうつ。


居酒屋 歩

18歳から通い初めて、この店のカウンターで僕は3度恋をし、2度ふられたことがある。若い時はこの店で、仲間とよく飲み、よく吐いた。トイレに、座布団に。ひどいヤツは2階から、階段で上がってくる人の頭に吐いた。繁盛している店は「戸が笑う」というが、まさにそんな店で、戸を開ける前に僕の心はすでに踊り、店内にはいつも「酒と釧路をこよなく愛する者たち」の熱気であふれていた。
この店の店主・歩さんみたいな人はまずいない。神輿とジャズが大好きで、男気があり、粋でかっこいい。それでいて背中に哀愁を漂わせる。結局とても優しい人だった。
この4月、その歩さんの訃報を聞き、驚いた。葬儀にはアチコチから駆け付けた人と山下洋輔氏などジャズ界からの花輪が並んだ。
最近、若くして亡くなった大切な人が何人かいて、葬儀の後、「彼の分まで一生懸命生ききようよ」とそのつど仲間と話した。そして何故だか、「戦後日本復興の奇跡の原動力は何だったのか」と考えた。多くの先に逝ってしまった仲間がいた時、「生き残ったものは彼らの分まで頑張るしかない」との強い想いがあったからではなかろうか。
8月は、そんなことを考えさせてくれる時期でもある。今年のお盆は、「居酒屋歩」を偲び、仲間と高瀬アキを聴きながら、酒を酌み交わしたいものだ。


夏だけ釧路

「釧路なのに今日は暑いわね。でも猛暑の本州と比べたらワケないけどね」と言って、明るく笑いながら治療室に入ってきた女性。彼女は本州出身だが、ここ数年、夏だけ釧路に住んでいる。「釧路にいる間に悪いとこ、アチコチ治していこう」と鍼灸治療を受けているが、実年齢より、格好も気も20歳以上若く見え、活動的だ。一人でアパートを借り、夏の釧路の風景や味覚を楽しんでいる。
さらに彼女の友人・関西出身の女性にいたっては夏の釧路を気に入り、家を購入して住んでいる。ちなみに冬は沖縄に住んでいたという。団塊の世代が定年になれば、このような悠々自適な生活をおくる人がきっと増えてくる。
ロングステイ(長期滞在)の人気は沖縄と北海道らしい。
沖縄の離島・西表島に移住した友人は、「ここには原発も軍事基地もなく、安全で快適だから」とその理由を言っていた。
なるほど、釧路も原発からは遠く、軍事基地化もさほど進んでいない。まあ安全である。住民票上の人口が減っても、全国からロングステイ者が増えて、にぎやかになる道もある。
「秋刀魚も美味しいけど、この秋の釧路の夕焼けは最高だね!」と治療後のスッキリした顔でロングステイ先駆者が言った。
「夏だけ釧路」から「秋も釧路」になりそうだ。


ナイロビの魔法の粉

「イルファー釧路」(HIV/エイズの医療支援と啓発活動をするNGO)の代表・宮城島拓人がケニアでボランティア診療を始めて今年で7年目になる。最初の内は一人で出かけていたが、その熱い想いに誘われて、4年程前からは一人、二人と釧路から一緒にケニアへ向かう者が増えた。
今年も9月に活動を終え、帰国して3週間。今もスラムのトイレを掃除する青年の笑顔や屈託のない子供の顔が脳裏に浮かぶ。HIVの陽性者が2割を超える地区での医療活動はハードだが、痛みを訴える人に嵐の様に鍼をうつ。灸すれば、たなびく煙はジャパニーズだ。隣では内科医の宮城島が機関銃のように診察をし、その隣では歯科医が収穫祭のように歯を抜き、子供が泣いている。
ここでの診療はまるで格闘技だが、今年から現地の栄養士による、栄養指導も始まった。そしてその机の上に不思議な粉があったのだ。
この粉でパンを焼いたりして食べると、万病が治るというのだ。前面にプリントされた効能書きには、「下痢、風邪、心臓病、癌、エイズ・・」。読んで愕然とした。魔法の粉だ。さすが今でも呪術師が医療も行う国だ。これを日本に持ち帰り、分析したら画期的な発見があるかも・・と思った。
帰国後説明文をよく読んでみると、ただのアマランスの全粒粉だった。飛行機から見たどこまでも果てしない大陸の映像が浮かんだ。


ジョンは死んでいない

ジョン・レノンの命日が近づくといつも思う。国境もなく、戦争もない世界ができたら、どんなにステキだろうと。
ジョンの10回目の命日、僕はニューヨーク・セントラルパーク内のスプリングフィールド記念碑の前に立ち、小さな花を供えた。この年はアメリカが湾岸戦争に突入し、ナント「イマジン」が放送禁止になった記念すべき年だ。
人種や宗教の違いで差別したり、国際紛争を戦争という暴力で解決しようとするこの世界。この世界は決してジョンが望んでいたものではない。
その日もアメリカの軍事介入に反対する市民の大規模なデモが行われ、記念碑の前にはローソクやジョンの写真を持った人が大勢集まり、泣いたり歌ったりしていた。「ジョンの魂を受け継ごうとし、平和を願う仲間がこんなにいるんだ」と、僕は感動し、寒風吹きすさぶセントラルパークで一人身震いした。「21世紀は征服・競争の時代から、共生・協調の時代になる」と云われているが、本当にそうなると想いたい。
僕を夢追い人と笑うかもしれない。
でもいつか君もその夢をみるだろう。
そして世界は平和になり、ひとつになる。
ジョン・レノンは死んでいない。疑う者は「イマジン」を聴け!


居酒屋 つぼ九

鍼灸院というと「白衣を着た真面目そうな先生が地味に治療をしている」というイメージを持っている人が多いと思われる。実際僕もそうだった。「先生は酒も煙草もやらず、玄米菜食なんでしょ」と言われたこともある。
聖人君子づらした人の言葉など、僕を含め誰も真剣に聞かない。そこで鍼灸院の待合室で居酒屋をやってみた。名づけて「つぼ九」。スタッフが一人一品料理を作り、僕は「牡蠣のお好み焼き」という自信作を披露した。集まった患者さん達もいつもより元気だし、僕らも楽しい。盛り上がった人達をおいて僕は、待合室の椅子に酔って寝てしまった。これで聖人扱いする人は完全にいなくなった。
最近の患者姿勢は、「医寮従事者に向き合って指示を聞く」から「医寮従事者と横並びになって健康に向かう」へと変化している。「つい飲みすぎちゃった時はココのつぼを刺激し、こんな食事がいいよ」と横並びとなった同類の言葉は、すんなり耳に入る。
今月は第3回目の「つぼ九」を開催する。「寒いから鍋がいいかな?」とベットサイトで言うと「2月の鍋ならコノ具材がいいよ。隠し味にはコレ、そして・・・」とベテラン主婦の丁寧な答えが返ってきた。
嗚呼〜日々、患者さんから教わることは山の如しであり、こうして鍼灸師は成長していくのである。


肉を食べる

「わーい!今夜はスキヤキだ」と喜んで、子供の時に食べていたのは「豚肉鍋」で、初めて本当のスキヤキを食べた時は軽いカルチャーショックを受けた。学生の時に「ジンギスカン」が食べたくなり、京都の肉屋で羊肉を捜したがどこにも売っていなかった。これもショックだった。同じ「肉を食べる」という文化も場所が変ればイロイロなのだ。
でも元々日本人は「肉を食べる」という文化とは縁遠かったようだ。肉、特に性と食をコントロールされた「家畜」を食べるということは「自然」ではないとされていたようだ。
天武天皇に始まって桓武天皇までの時代に「殺生肉食禁断の令」が4回も発令されている。そして明治までの1200年間は基本的に日本人は肉食をしなかった。でも義経も信玄も足軽も農民も今より身体能力は高かったみたいだ。
「栄養のために肉を食べた方がいいですか?」という質問もたまに受けるが、答えは「どっちでもいいですよ」。肉を食べて体調の良い人は食べたら良いし、そうじゃない人は食べない方が良い。ただ1200年続いた日本人の肉を食べてこなかった歴史に自然と寄り添うならば、肉はあまり食べない方がいいのかもしれない。
豚肉鍋もジンギスカンも好きな僕は月に1〜2回食べるのがちょうど良いようだ。


北海道新聞コラム「朝の食卓」(2007年1月から掲載中)より

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